ダライ・ラマ法王直系のチベット仏教を学び実修する拠点
特別講習:中観の四念住
クンチョック・シタル師からのメッセージ
ダライ・ラマ7世「中観の四念住」の解説と実践
今回の特別講習では、ダライ・ラマ7世の『中観の四念住』を、現ダライ・ラマ14世の解説に基づいてわかりやすく紐解いていきます。本年はダライ・ラマ14世法王の生誕90周年であり、チベット仏教界において「慈悲の年」と宣言された記念すべき年です。この佳節に合わせ、慈悲・菩提心・空性の智慧へとつながっていく仏教の根本的実践をするとともに、今生で良い成果が得られるよう真摯に学んでいきます。
講義のメインとなるのは、四念住に示された四つの重要なテーマの解説です。チベット仏教の実践において主導的な役割を果たす「上師(ラマ)への祈願」、大乗仏教のエッセンスである「慈悲の瞑想」、智慧の側面である「空性の認識」、そして密教の実践において最も重要視される「本尊ヨーガ」について、14世のテキストに依拠して論理的に説明します。これらの四念住を丁寧に解説しながら、時に瞑想の実践も交えて、理論と実践の両面から理解を深めていきます。
我々が仏教という教えに出会い、信仰を持つからこそ、その根本要素である菩提心や慈悲、そして空性の認識を深めることは、人生において最も価値ある行となります。四念住の解説を通じて、チベット密教や大乗仏教の深遠なエッセンスを身近に体感していただける内容です。興味をお持ちの皆様の参加を、心よりお待ちしております。
集中講座:中観密意解明の概要
クンチョック・シタル師からのメッセージ
『中観密意解明』は、チャンドラキールティがお書きになった『入中論』根本頌、及び『入中論自註』に対する、ツォンカパ大師の註釈書です。その第六章は、中観帰謬論証派に基づく空性の見解を理解する上で非常に重要です。しかし、テキスト全体では、菩薩十地に関連づけて十波羅蜜が述べられており、菩薩の初地から果たる仏地に至るまでの大乗の聖者の段階が説かれています。福徳と智慧という大乗仏教全体のテーマが扱われており、第六章以外の章にも、大乗仏教を学ぶ者にとって重要な内容が多く含まれています。
今回から始まる一連の集中講座では、ツォンカパ大師の『中観密意解明』を冒頭からわかりやすく解説していきます。
第一回めの今回は、序論から第五章までを解説します。その概要は以下の通りです。序論では、まず礼賛が述べられます。仏菩薩への礼賛ではなく、最初に悲に礼賛することの理由を説いています。これに関連して、菩薩の三つの因や三種類の悲などが論じられます。
続く第一章から第五章までは、それぞれ、十地の初地から第五地と、十波羅蜜の布施・持戒・忍辱・精進・禅定波羅蜜に該当します。これらの五つの波羅蜜のうち、布施・持戒・忍辱は福徳の資糧の、精進は福徳・智慧の資糧の、禅定は智慧の資糧の因になると、第三章で述べられています。各章では、それぞれの地の名称の語源、地の功徳、その地で殊勝となる波羅蜜の分類や特徴などが説明されます。加えて第一章の前半では、菩薩十地の説明に関連して、「菩薩」という語の意味、菩薩の有する功徳、声聞・独覚にも法無我の了解があることなどが論じられています。特に、声聞・独覚にも法無我の了解があると認める点は、中観帰謬論証派の特色であり、ツォンカパ大師は経典や論書を引用しつつ『入中論自註』よりも詳しく哲学的な議論を展開しています。
初地から第五地へ進んだ菩薩が、次の第六地で般若波羅蜜に住することにより、本格的に滅を得ることになるので、今回扱う箇所は、次回以降の第六章へつながる重要な部分です。チベット仏教を深く知りたいと思う皆さんの参加をお待ちしております。
集中講座:中観密意解明の概要Ⅱ
クンチョック・シタル師からのメッセージ
本講義シリーズでは、チャンドラキールティ著『入中論』根本頌及び『入中論自註』に対するツォンカパ大師の註釈書『中観密意解明』の要点を冒頭から解説しています。
今回から、『中観密意解明』の中心部分である第六章に入ります。第六章は、法無我の論証、人無我の論証、空性の分類の三つのパートから構成され、第一の法無我の論証は「四辺(自・他・両方・無因)からの生起」の否定がその内容となります。今回の二日間の講義では、第六章の冒頭から、「自からの生起」の否定の箇所(99-134節、1-13偈)までを解説します(節番号は講師共訳書による)。以下、その概要を紹介します。
この箇所は、内容から、前半(99-104節、1-7偈)と後半(105-134節、8-13偈)に分けられます。前半では、「現前地」の語義、甚深なる縁起が説かれるべき器の特徴、縁起が説かれることによる功徳、などが述べられます。
後半では、経証として『十地経』からこの地へ入る菩薩が学ぶべき法の十の平等性が引用された後、中観自立論証派と中観帰謬論証派の諦執の認識把握の相違が論じられます。この二つの中観派についての議論は『入中論』や『入中論自註』にはなく、ツォンカパ大師が補足したものであり、両学派の違いを理解する上で非常に重要な箇所です。
その後、法の十の平等性の中心である「不生起」の理証として、法無我の論証である「四辺からの生起」の否定の議論に移ります。一つめの「自からの生起」を主張する対論者として想定されているのは、因中有果論を認めるサーンキヤ学派です。チャンドラキールティ自身の正理による否定(8-12偈)とナーガールジュナの『根本中頌』に基づく否定(13偈)によって、「自からの生起」が否定されます。
次回以降の集中講座で扱う「他からの生起」の否定では、二諦論、唯識派の主張の否定など多くの重要な議論が展開されますが、今回の箇所も重要な内容が含まれています。中観思想に興味のある方の参加をお待ちしています。
